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2005/11/30

街は、クリスマス色

051129_205701 街は、クリスマス色。。。

そして青色051129_205600が、夜の街を照らしている。

今年は、自分に何をクリスマスプレゼントしよう?

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2005/11/29

サンゴ生育に悪影響

海から生まれる宝物を扱っている私にとっては、今後ますます気になるお話です。

船底塗料や農薬に含まれる「ジウロン」など3種類の化学物質がサンゴの生育に悪影響を及ぼすことを渡辺俊樹・東京大海洋研究所助教授とWWF(世界自然保護基金)ジャパンの研究グループが確認した。

 渡辺助教授らは、サンゴ礁を作るウスエダミドリイシという種類のサンゴの“赤ちゃん”約600体を各物質を混ぜた海水で10日間飼育し、影響を調べた。

 ジウロンは、国内各地で海水1リットルあたり100万分の1グラム程度が検出されている。この濃度で実験した結果、サンゴに共生する褐虫藻が1~2割減少した。褐虫藻が大幅に減ると、サンゴは死滅する。

 外国船舶の塗料に使われる有機スズや、農薬に含まれる有機リン系のジクロルボスでも、同様の悪影響が確認された。

 渡辺助教授は「サンゴの死滅原因には、海水温の上昇やオニヒトデ、赤土流入が挙げられているが、化学物質もその一つと考えられる。実態調査と対策を急ぐべきだ」と指摘している。


[読売新聞社:2005年11月29日 11時06分]

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2005/11/27

南京亭→隆昌飯店

東神奈川のお仕事最終日・・・忍耐を学んだ。

昼には、南京亭に行って「チャーメン」なる物を頂こうと思っていましたが、店の外に数名の行列があり、並ぶことを素直に諦め、近くの中華料理店「隆昌飯店」へ行きました。

南京亭とは、打って変わって閑散とした店内。。。期待なく昼の定食「牛ばら肉かけご飯+半ラーメン」を注文。

・・・料理長は、大陸出身者で、味が本格的だった。

さすが横浜地区は、どこの中華料理店に行っても十分堪能出来る店が多いことにいささかビックリいたしました。

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天気晴朗なれど忍耐続く

二日目の東神奈川。

サンマーメンは、いいのですが・・・肝心の売り上げがついて来ない。

朝一から調子がよく期待したのですが・・・その後鳴かず飛ばずで、疲れが溜まります。

とは言っても、明日は、最終日なり。

集中力を落とすことなく有終の美を飾りたい。

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2005/11/26

サンマーメン@横浜

行ってきました・・・サンマーメンを食べに!(仕事の合間に・・・)

横浜駅より一つ東京駅寄りの東神奈川駅はサティー近くに「南京亭」はあります。

平日とは言え、きっと混んでいるだろうと時間をずらし午後1時少し前にいきました。

・・・が、カウンター16席+テーブル席8席+2階の席(席数不明)は、この時間でも満席でした。

待つこと10分、席に着きサンマーメン(\900)を注文してから20分後・・・にら・しいたけ・もやし・白菜・人参・豚肉・くわいのスライスがなみなみと器に溢れんばかりのサンマーメンがやってきました。051125_125100一人半前はあるアツアツのを舌が火傷することも忘れ一気に頂きました。

店に来ている大多数のお客さんは、この「サンマーメン」を目当てに来ているようです。

スープ・麺・具材全てにあっさりなのにこってりとした満足感があります。

どうぞ、横浜近くに遊びにいらしたときは、「南京亭」のサンマーメンをご賞味あれ!

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2005/11/24

横浜「さんまーめん」

明日から三日間休日返上して横浜駅に程近い所で11月最後のお仕事。

名物の「さんまーめん」を楽しみに・・・。

ところで、このさんまーめん東京ですと単純にもやしラーメンなのに・・・中華街のある横浜に程近いところですと「さんま=もやし」となるらしい・・・。

片栗粉のとろみが熱さを逃がさず、いつまでたても熱い・・・麺がのびないうちになんて急ぐと舌を火傷したことがある私です。

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2005/11/23

「男たちの大和」

今日の昼過ぎ何気なくTVをつけると予てより気になっていた「男たちの大和」

のプロモーションが放映されていた。

かなり深く切り込んだPRにしばし目が釘付けになり、出かける用事をあと10分あと5分と伸ばし・・・とうとう30分も見てしまった。

そのとき知ったのですが・・・原作者の「辺見じゅん」さんは、この「男たちの大和」の他に「女たちの大和」も著作しています。

大東亜戦争中の若者たちの半生が書き綴られている・・・時代を生き抜く男そして女としての生きざま。

私も、このPRを見ただけで、幾度となく涙し、生きるってことを深く心に刻まれた。

是非、映画館で観たい作品です。

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2005/11/22

ヘルシーで甘い「ミラクルフルーツ」

◇酸っぱいものを甘く感じさせる「ミラクルフルーツ」で楽しむ、不思議な甘味どころが22日、東京・池袋のサンシャインシティにオープンした。
 ◇ミラクルは西アフリカ原産の木の実。舌の上で1~2分転がすと、ミラクリンという成分が1時間近く舌の知覚を錯誤させる。店に入って1粒なめ、その後、レモン汁たっぷりのケーキなどを味わう趣向だ。
 ◇そのままでは顔がゆがみそうな“スイーツ”だが、全品、無糖か微糖で100キロカロリー以下。ヘルシーで太る心配がないとあって、さっそく試した女性グループは「あまーい!」と歓声を上げていた。【浜田和子】

(毎日新聞) - 11月22日22時32分更新
いったいどんな形をしてどんな味がするのでしょう?興味津々。

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2005/11/21

mixiその2

昨晩に続いてmixiについて・・・

コミュニティをこれと思うものを検索。

検索が絞り込まれず数千の検索結果に途方に暮れたが、一気に斜め読み。

ひとつ気になるコミュニティに参加しようとしたら管理人の承諾が必要とか。

従来の完全オープンなBBSと違い何やら秘密倶楽部的要素に更に興味を惹かれた。

幸いにも承諾が下り、晴れてメンバーとなりました。

この先どうなっていくのか、今後に期待。

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2005/11/20

mixi

1ヶ月ほど前・・・mixiに参加している友人より招待状が届き早速登録しました。

以来、ゆっくりとコミュニティを検索する時間がなく有効活用していませんでした。

今のところmixiのどこが楽しいのか全く分かりません。

取り敢えずそこかしこを覗くことからもう一度始めたいと思います。

これから何らかの繋がりが生まれれば刺激的かもしれません。

「先ずは、一歩より」

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2005/11/19

明日は休日

千葉県でのお仕事が、無事終了。

公私共に精神的にかなりハードだった。

そのかいあってか、自分のステージが上がったようだ。

困ったことは、起こらない・・・実感した三日間でした。

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2005/11/17

喪中につき

喪中につき年末年始のご挨拶を・・・のご挨拶状が届けられる季節。いつもなら、祖父母や早い人で両親のどちらかが・・・という知らせが多い中、

突然届いた一通の葉書。

私と同い年でも学年がひとつ上しかも見知らぬ土地で寮生活を送った時に毎年部屋替えがされる中、連続して同室になり遊びも勉強も教えてもらった、新入学のお祝いと二人して慣れないスーツ姿でキャバレーにいった。「お仕事は?」のお姉さまからの質問になぜか「三菱商事」と二人して真顔で答えた。店を出た後、近くの縄暖簾のもつ鍋やで朝まで語った。

勉強が出来たあいつは卒業後ストレートで弁護士資格を取った。困ったことがあると、いつもあいつの携帯に電話して無料で相談に乗ってもらった。

あいつの顔を思い出しながらひとつひとつの思い出を語るには、時間が足りない。

困っている人がいると「どうしたの?」関わらなくていいのに黙っていられなかったんだろうな。

近いうちに姿の変わったあいつの墓前に会いに行くことにしました。

悲しみと感謝。。。世の中、いい人ほど早く行ってしまうものなのか・・・

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2005/11/16

小さい風呂

あずさで二時間弱→タクシー→自宅。

早いね~、先程まで諏訪湖湖畔にカリンがなり、御柱の町にいただなんて、夢のようです。

帰宅して狭くても慣れた浴槽に浸かると今までの疲れがいっぺんに吹き飛びます。

今日は、早めの就寝で、明日からの千葉県への出張に体を休めます。

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2005/11/15

浜の湯露天風呂再び

慌ただしくも今回の浜の湯露天風呂は、今宵のみ、となると心情的にのんびりつかってしまうもの…岩の隙間から音を立てて流れ出る源泉に諏訪湖畔になる黄色のカリンの実が打たれ季節を感じさせてくれる。脚を伸ばせば紅く色づいた落ち葉が肌をすり抜けて行く。御柱 「奥山の大木 里に降りて神となる。」ここは、湯の里 神が住む所「上諏訪」。051028_232500.jpg

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スーパーあずさは、ぶどう色

小雨降る寒さが身を刺すホームで待っていると定刻に「あずさ」がホームに滑り込んでくる。指定された車内は、既に暖房がされ上諏訪までの2時間弱ゆっくりお休み出来る。今日も長い1日が始まった。051115_072800.jpg

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2005/11/14

上諏訪「浜の湯」

hamanoyu このところ毎月伺っています長野県上諏訪「浜の湯

今回は、明朝早く出発して明後日の夜遅く帰るというハードスケジュール。この二日間に出来るだけ多くの結果を出すべく奮闘努力です。

このところ休む間もないくらい忙しいけど、気力充実、数字はことこと積み重なっていきます。

8時間後には、スーパーあずさ1号の車中なり。

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2005/11/13

コツコツと・・・

展示会最終日、天気のよろしい外の賑やかさとは、裏腹に曇り後雨。

まっ、こんな時こそ、気持ちを前向きに持って明日からの仕事に備えましょう。

何せ月曜からは、またまたハードな日程ですから・・・

長野行って帰って千葉へ行きます。

先日の45周年のとき同期の友人に事業は、それなりに順調だが日々安定しなくてその点だけが不安だと話していましたら、やるべき毎日のことをきちんとこなしていれば、数字は、必ずついて来るとアドバイスを頂いた←同感。

だから・・・コツコツと。。。

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2005/11/12

創立45周年記念

昼間のお仕事を終えた後、昨晩に続いて都内にて記念式典に参加しています。学生の頃、所属していましたクラブが創立45周年記念ということでの参加です。懐かしい顔から、えっ?あの時のあなたが?といいう驚きの再会でした。また、5年後の再会を誓いあって二次会を後にしました。 明日もお仕事…頑張ります。(^o^)/051112_203400.jpg

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2005/11/11

衆議院議員片山さつき経済産業大臣政務官

日中の仕事を終えたその後、千代田区平河町へ政治絡みの勉強会へ出席。

第1回目の会議でしたが、法曹・経済・文化・教育・スポーツ・報道界から著名な方々の出席があり、この会がこんなに立派なだなんて初めて知りました。

051111_195400 その後の懇親会では、「衆議院議員片山さつき経済産業大臣政務官」がお見えになり、名刺交換とツーショットでの写真など撮らしていただきました。

TVで何かと言われたりしていますが、会場の和やかな雰囲気の為か・・・気さくな人柄に近寄りがたさも薄れ、お酒の勢いも手伝い自己アピールなどしてしまいました。

次回お会いした時は、覚えていらっしゃらないでしょうが、忙しい中、お疲れ様でした。

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2005/11/10

ありがとう本田美奈子

泣き崩れる母「美奈子を忘れないで」(スポニチ)
 あまりに早すぎる死に“2人の母”は深い悲しみに暮れた。

 pfuln20051110028003 正午、雲ひとつない青空の下での出棺。育ての親の高杉敬二エグゼクティブプロデューサーらが体重37キロの本田さんの重みをしっかりと受け止めながら、迎えの車にゆっくりと棺を納めた。

 参列者約700人。会場から離れた沿道まで埋めたファンは約3000人。両手で位牌を抱いた母の美枝子さんは「こんなに大勢の方に愛されていたなんて、美奈子は本当に幸せです」とあいさつ。「どうか美奈子を忘れないで。皆さんの心の中にずっとずっと留めておいてください」と願うように言うと、ハンカチで目頭を押さえ泣き崩れそうに。支える高杉氏の腕で大粒の涙をこぼした。

 のど自慢大会に挑戦するなど歌手になることが夢だった美枝子さんにとって、自分の夢をかなえてくれた自慢の娘だった。

 新人賞を獲得した時には壇上に駆けつけ涙を流す娘をその胸に抱いた。20年間の歌手活動の中で一番の理解者だった。

 また葬儀では、足を傷めてリハビリ中の岩谷さんの「いつも真っすぐに生きていた、私の大好きな美術家。いつも娘のように思っていました」との弔文が代読された。

 ミュージカルに挑戦した当初から才能を絶賛し、復帰作も話し合っていた恩師だけに「すてきな天使に囲まれ、お歌を歌って」と別れの言葉を贈った。

 岩谷さんと作った「アメイジング・グレイス」の本田さんの澄んだ歌が流れる中、響き渡る悲しみのサイレン。妹の律子さん(34)はこぼれる涙もぬぐわずに遺影を抱きしめ、棺を乗せた車が会場を出ると、「ありがとう!」と涙声で叫ぶ大勢のファンが手を伸ばし、すがるように駆け寄った。

 遺体は、午後1時、埼玉県・戸田火葬場でだびに付された。

[スポニチ:2005年11月10日 06時15分]

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2005/11/09

本田美奈子さん通夜2700人弔問

スポニチ

pfuln20051109018007 南野は大親友の早すぎる死に、こらえきれず声を上げて涙を流した。「東京に来て初めてできた同じ夢を持つ友達でライバル。(亡くなったなんて)認めたくない」。報道陣の前で泣き崩れた。

 同い年で堀越高校時代はクラスメート。デビューは南野の方が1年早かったが、公私にわたる盟友だった。明治座(東京都中央区)での舞台「細雪」が午後7時半に終演してから、午後9時に駆けつけた。

 ちょうど1年前の11月8日に、旅行先の本田さんから「いつも私の心には陽子がいるよ」という内容のメールが届いた。「あれからたった1年なのに悔しい。私を筆頭に歌も上手じゃなく努力もしない人がいっぱいいるのに何で…」と号泣。また、亡くなる前日に病室を見舞ったそうで「苦しそうだったけど、涙を流して声を漏らしてしゃべりたそうだった。“分かっているの?”と聞いたらまばたきをしてくれた」と振り返った。

 真っ白の花で埋め尽くされた祭壇には、愛くるしい笑顔の遺影。昨年11月にカレンダー用に撮影された写真が、参列者にほほ笑みかけている。斎場では「AVE MARIA」など代表曲が流れる中、弔問客が焼香した。

 棺の中にはファンからの手紙や20周年を記念して作った着物、治療の時にいつも握りしめていたコアラのぬいぐるみが納められた。本田さんはパジャマ姿で、足にはペディキュアがきれいに塗られていた。

 葬儀・告別式はきょう9日午前10時から同斎場で。法名は「釋優聲(しゃくゆうしょう)」。

[スポニチ:2005年11月09日 06時15分]

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2005/11/08

Maxとき

富山を早朝に立ち特急電車を乗り継ぎ再び「Maxとき」です。一路東京へ向かいます。次の停車駅は、高崎。今日も長い1日となりそうです。

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2005/11/07

富山最後の夜

四日目の富山最後の夜。

昼間の久々の超大台の商談を横目に勉強させて頂きながら、私的には、コツコツと地道に数字を 作らせて頂きました。

続きを読む "富山最後の夜"

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2005/11/06

本田美奈子 死去

本日、歌手&女優の本田美奈子さんが、急性骨髄性白血病で死去

訃報を知ったのは、お昼過ぎ・・・仕事がとても忙しかったとき。

突然頭の中が真っ白になった。

あなたが、急性骨髄性白血病だと知ったとき

なぜ?あなたが選ばれたの・・・と思いながらも

復帰されたときは、涙で喜んだ。

希望の星でした。

生きるってことを・・・あなたから知った。

あなたの生き方が好きだった。

あなたのことは、忘れない。

私は、生きる。

あなたが、そうしたように。

いつもあなたと一緒・・・いつまでも。

忘れない、いつまでも、そしていつまでも・・・。

ご冥福を祈ります。

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2005/11/05

富山の夜二日目

今夜の夕食は、得意先の社長によるおもてなしでした。「ばさら」という和風な創作料理屋です。好きなお酒を新鮮な富山湾で取れたお魚で頂く…とっても贅沢させて頂きました。

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2005/11/04

富山へ

出発です。Maxときに乗り込みました。 途中、何本か携帯に電話が入りましたが、この路線はトンネルが多くブチブチ切れてしまいます バリ3かな〜と電話してもすぐトンネル圏外です←JRさん トンネルの中でも通話出来るよう対策施して下さい。051104_124400.jpg

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2005/11/03

富山

明日より富山に出張です。

先日からの長野県諏訪市の出張から帰って程ない時間ですが、お仕事です。

店内での展示会ですが、デザイナーの先生方もいらっしゃいますので、来店客数が期待できそうです。頑張ってしまいましょうとイメージトレーニングしながら自分に気合入れてます。

今の季節、富山湾から水揚げされる物は、どんな物があるのでしょうか?

年にそう度々訪れる街ではありませんが、おいしい物を探して頂く事は、お仕事の合間のお楽しみです。

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2005/11/02

車検が通らない

先日車を車検に出した。12年目・走行距離16万キロメートルの車である。

もう、あちこちガタが来ていることは、承知していましたが、今回車検を通すとなると法定費用の税金を除いて修理費に15万円ぐらいかかるとの見積もり。直った後も追加で修理が増えることもあるだろうしクラッシクカーほど手をかける車でもないし・・・。

それでも車検を通すか、買い換えるのか思案のしどころです。

仕事が、忙しくなってきたと同時に出費もかさむような気がする。

ないと困る物ですから・・・近々中に決断しなければなりません。

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2005/11/01

鈴木宗男衆院議員が頑張っている。

ts__fuji_320051101032 鈴木宗男衆院議員が頑張っている。

先の総選挙で国政復帰を果たした鈴木宗男衆院議員(57)が1日までに夕刊フジのインタビューに応じ、外務官僚の裏金問題や不倫、“性癖”など、驚くべき実態を実名告発した。

 --政府に説明を求める『質問主意書』を連発し、外務省の裏金問題を追及しているが?

 「外務省に良かれと思い、スキャンダルのもみ消しに手を貸したこともあったが、厳しく対処しておけば機密費問題みたいなことはなかった。情報を開示して透明性を確保すれば、外務省は(国民の)信頼を得る。外交は国民の声、世論を背にしてやるものだ。私の質問は外務省のためにもなっている」

 --在モスクワ日本大使館に『ルーブル委員会』という裏組織があると指摘しているが

 「旧ソ連時代の1989年ごろまで、大使館に存在した。大使館員が外交官の免税特権で安く車を買い、買値よりも高値で売却した。旧ソ連では中古でも高く売れていた。しかも、売却して得たルーブルをスウェーデンの通貨クローネに闇レートで両替していた」

 --具体的には?

 「大使館員が得たルーブルは、大使館ナンバー3の総括担当参事官が執務室内の金庫かカギのかかるキャビネットに保管。大使館員の必要に応じて売却し、ストックホルムの銀行にクローネ建てで振り込ませていた。このメカニズムをルーブル委員会と呼んでいた」

 --なぜクローネ

 「大使館員はクローネで給料をもらっていた。クーリエ(外交伝書使)でスウェーデンに行くので、クローネの方が都合が良かったのだろう。ルーブルをクローネに両替する手続き用に『館内トランスファー用紙』というA5版の特別な用紙も作り、使用していた」

 --違法行為では

 「闇レートでのルーブル売却は現地の法令違反になるため、同委員会について厳重な箝口(かんこう)令が敷かれていた。私はその存在を問いただしたが、政府の答弁書は『ルーブル委員会なる組織が在モスクワ日本大使館内において設けられていたことは確認されていない』と逃げていた。『ない』と否定すればウソをついたことになるから否定しなかった」

 --外務省幹部の名前も挙げている

 「関与したのは何人もいる。審議官、局長、課長の3人だけ名前を挙げたのは、今、北方領土交渉の直接の担当幹部だから。こうした事実をロシア側は知っている。ロシアに弱みを握られた人に、果たしていい外交ができるのか?」

 --外務官僚のだらしない素顔も指摘している

 「平成7年の秋、赤坂の料亭で来日したロシア人を接待したが、現在、対ロ外交を担う松田邦紀ロシア課長(当時、首席事務官)は酔っ払って芸者にしなだれかかり、『僕ちゃん、寂しいでちゅ』と幼児言葉になったり、仰向けで両足を掲げてオシメを替えてもらう赤ちゃんポーズを取ったことには驚いた。女性問題も抱えていたようで、米国へ異動したとき、不倫相手の女性職員も一緒だった。このようなケースはたくさんある。こんな人物が対ロ外交の最前線にいるという事実を、国民に分かってもらった方がいい」

 《夕刊フジは松田氏に事実確認を求めたが、回答はなかった》

 --『ムネオバッシング』当時、省内から共産党にも情報リークされた

 「こうした人たちの中に流した人がいる。共産党関係者からも情報が入っている」

 --田中真紀子外相の更迭の際、小泉首相に協力して衆院議運委員長を辞めた。その後、小泉首相は掌を返し、鈴木さんは逮捕された

 「1つの歴史の節目だったのだろう。私の政策は公平配分だが、強い者は強い、弱い者は弱いと格差をつけたほうが良いというのが今の政権の発想で、鈴木宗男は抵抗勢力とされた。また、権力闘争の側面もあった。当時の官房長官が『鈴木宗男が逮捕されても、政権には影響ない』『捜査はがんがんやった方がいい』とか記者に言った。検察の耳に入れば検察も動きやすくなる。また、私がロシアと近くなることに嫌がる国もあり、そこによる情報戦もある。政治家の宿命だ」

 --小泉政権へのわだかまりは

 「わだかまりは一切ない。真実についてはいずれ歴史が証明するだろう」

[産経新聞社:2005年11月01日 17時26分]

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